江戸末期より栄えた木崎宿の本陣は、諸経費など負担が大きく、栄枯盛衰が激しかった。江戸中期以降は茂木本陣である。宿の旅籠の数は、文化元 年には二十七軒とある。宿内医王寺薬師如来開帳始末留に出てくる屋号は六十三軒にもなっている。
「木崎木の中、山の中、八木と梁田を向こうにまわし、音に聞こえし女郎屋宿」という唄が残っているように、例幣使道中木崎宿ほど繁栄した宿場 はない。
木崎宿の中央の四辻を、北に行けば大通寺大門に出る。この寺の境内に、文化四年(1807)の石灯籠がある。その台石に右大門、左大ばら、大 間々道とある。
長命寺前、茅葺きのお堂の中には地蔵が安置され、これは木崎色地蔵と呼ばれ、宿に売られてきた「飯盛女」たちの信仰を受けていた。
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